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テイチク×ファミリー・ライフ 国民的歌手三波春夫浪曲から歌謡曲への転向

浪曲から歌謡曲への転向

三波春夫

 ハバロフスクとナホトカでの4年間の抑留生活を終えて帰還出来たのは、49年、26歳の時。以前にも増して研究心に燃え、浪曲の仕事を再開する。座長として精力的に公演を続ける中で、29歳になっていた52年12月に、野村ゆきと結婚。9歳から舞台に立っていたゆきは歌舞音曲に達者で、しかも浪曲家の道も考えたことがあるほどの浪花節好きだったのである。芸に対するひたむきさでも思いが通じたふたりは、私生活だけでなく舞台でも“浪曲家と曲師”として力を合わせ、芸の研鑽と創造に勤しんでゆくこととなった。 やがて夫婦は戦後日本の急速な復興と、それに伴う人々の生活の変化から、長時間聴かせる浪曲が時代のテンポに合わなくなってきていることを感じ取る。浪曲の舞台でも以前から好評だった民謡などを披露する余興コーナーの反応が日毎に大きくなっていた。決め手となったのはある日の公演中、客席の老婦人から掛けられた一言であった。「南篠さんよ、浪花節はちょっとでいいから、歌をいっぱいやっておくれ!」 それを受けて周囲も大喝采となった。『歌の時代だ』と大衆の欲求を確信した文司は歌手に転向することを決断した。歌謡曲の発声法を学ぶために作曲家・佐々木章の門を叩き、レッスンに励む。その熱意たるや凄まじく食事時間も返上する程で、佐々木の方が音を上げたという。
 かくして57年、33歳にして歌謡界にデビュー。当時テイチクの文芸部長だった萩原四郎が最初に提案した“三崎春夫”に、本人の希望で“南篠”の“南”がアレンジされて、新しい芸名は『三波春夫』に決まった。人生の荒波を越えてゆく春のような明るい男という意味が込められている。シベリア時代に『帰国したら必ずオーケストラをバックに浪曲を歌う』と仲間に語っていた夢への一歩を踏み出したのだ。

三波春夫でございます

三波春夫

 三波春夫となって最初に録音したのは、浪曲家時代の自作曲に詞をつけた『メノコ船頭さん』であったが、テイチクのスタッフが社内に眠っていた詞がまさしくうってつけと目を付け、長津義司に作曲が依頼され完成した歌がデビュー曲に決まる。三波が新潟出身であることから選ばれたその歌こそ『チャンチキおけさ』であった。『船方さんよ』とのカップリングで6月に発売されるや否や、爆発的なヒットとなった。暮れまでの約半年で7枚ものシングルを出してヒットさせ、12月には浅草国際劇場で2週間に亘るワンマンショーが開催された。その際、妻・ゆきの提案で、周囲の猛反対を押し切って初めて着物で舞台に登場したところ観客が喝采して大歓び。浪曲時代からの大きな所作は着物姿でこそ活かされるとの思惑が大成功を生み、以降も彼女は歌をより効果的に演出する着物のデザインを工夫し続けてゆくことになる。
 デビュー翌年には『チャンチキおけさ』『船方さんよ』が映画化されて三波も出演。ハワイ公演を成功させ、暮れには『雪の渡り鳥』で「NHK紅白歌合戦」に初出場するなど活躍著しく、スター街道を驀進してゆく。ちなみに「紅白歌合戦」へは以後も86年まで連続29回出場、最後となった99年まで通算31回出場している。
 60年の春には、歌手の中では初の大阪・新歌舞伎座一ヶ月公演を開催し、大成功を収める。それまで歌手の長期公演などは成されなかった同所で、歌と歌謡ショーを昼夜2回ずつ、28日の公演を敢行したことで、のちの歌手を座長とする大劇場での長期公演に先鞭をつけたのである。翌61年8月には東京・歌舞伎座でも公演を行なってさらなる成功を呼び、以後80年まで20年連続定例月公演を達成する。この「歌舞伎の殿堂」である歌舞伎座での偉業は金字塔である。そして名古屋・御園座も加えた、三大都市における『三波春夫特別公演』は常に満員となり、さらには地方へも隈なく公演して巡った。

(鈴木啓之=アーカイヴァー 協力:株式会社三波クリエイツ)

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